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最近、萩原朔太郎全集を買いました。今までは青空文庫でKindle端末で読んでいたのですが、不思議なもので紙で読むと、新たな発見がありました。

というわけで、今回も月に吠えるの話。

私は詩人を褒めるとき、よく「目のいい詩人」と申し上げますが、朔太郎も疑いようもなく目のいい詩人で、だって蛤の内臓とかばくてりやとか見えてるんですよ。

見えてる、じゃ少し語弊がある気がします。朔太郎は意識的に物を見る詩人だと思います。ガン見です。そこで今回は「みよや」「見よ」「あらはれ」「あふげば」と、見ていることが詩の中で明記されているものをピックアップして見ていきます。

(全ての詩は当然詩人の見えているものを描いているという前提があるため、視覚に関する直接的な表現があるもののみに絞っています)

・地底の底の病氣の顔

・草の茎

・つみとがのしるし、天に

・眠れる、くらき土壌にいきもの

・いと高き梢 ちいさなる卵

・ほそき瀧

・空(さつきはるばると流るるもの)

・土地(つち)の底

・につける製の犬だの羊だの

・あたまのはげた子供たちの歩いてゐる林

・ばくてりやが生活するところ

・水のうへの月

・ぐにやぐにやした内臓

・櫻のはな

・あいつ 白つぽけた乾板

・(ぼんやりした心で)空を

・つばめの飛んでいく姿

・雨にしをるる草木の葉

・いちめんにひろびろとした海の景色のやうにおもはれる

・日向の草

・ふるへるさびしい草

・あちらの森

・さみしい木立

・ぼんやりしたものが血のかたまりのやうに

・地面

・人間が馬のやうに

・うれはしげな農人の顔

・地面ばかり

・ですくの上に突っ伏した大人の額をいつのまにか蛇がぎりぎりとまきつけてゐた。

・窓際のですくに突っ伏したおほいなる父の頭脳

自然物を赤、人間に関するものを緑の字にしました。(作品名は省略しましたが、配列順です)

月に吠えるの配列はほぼ制作順なので、まず人を見て、最後にまた人を見る。その間に丹念に、あるいは眺めて自然を見る。圧倒的に自然を眺める描写が多いのが面白い。

ここで、恥を晒すようなことを言いますが、ふと思ったんですよ。あれ、朔太郎って自然主義嫌ってなかったっけ、って。その割に自然を見てるなと。

私は文学史も独学でふわっとしており、自然主義と呼ばれる人たちは見たものをそのまま、つまり自然を自然として書いたんじゃないの?って思っていたんですよ。それで自然描写が多いと思い込んでたんですね。

そこで、いい機会なので、自然主義文学を読む。

田山花袋「蒲団」→「少女病」→島崎藤村「破戒」→徳冨蘆花「自然と人生」→田山花袋「田舎教師」

ほんの少しですが、以上を。特に花袋が面白いと思いましたね。

美しい眼、美しい手、美しい髪、どうして俗悪なこの世の中に、こんなきれいな娘がいるかとすぐ思った。誰の細君になるのだろう、誰の腕に巻かれるのであろうと思うと、たまらなく口惜しく情けなくなってその結婚の日はいつだか知らぬが、その日は呪のろうべき日だと思った。

田山花袋「少女病」

これすごいパワーフレーズで笑ってしまった。

花袋から入ったおかげで、私の先述の誤解はすぐにとけました。自然主義は別に自然を書いているわけじゃない。とくに「蒲団」には自然描写が全くと言っていいほどない。

小説で描かれる自然はあくまで小説の中の装置、それは承知していたつもりだったのですが、改めて詩と小説(自然主義)の自然への目線の遣り方の違いを思い知らされて、感動を覚えました。

たとえば「田舎教師」は戦争や病気などの不穏な要素をはらんできたところで、少し唐突な感じで草花の名前が羅列されます。

一番印象に残っている自然描写はそこなのですが、この草花たちは、主人公の目に入ったから羅列されただけにすぎない。(草花が主人公の関心ごとであったとしても)自然に眼に入るものを自然に書く。ああこれが自然主義、というか田山花袋という作家の作なのだなと。

では、詩は、朔太郎はどうでしょう。さっきガン見と書きましたがそれなんです。舞台じゃない、装置じゃない。自然は現実です。花袋の自然描写も現実でしょう。でもそれは書かれていることのメインではない。戦争や病気がメイン。朔太郎は目の前の自然がメインなんです。自然を見ている時はそれが人生で現実。

いや、自然を通り越してますね。ばくてりやや蛤の内臓なんて、普通には見えないもん。

私の師が、詩人は目に見えないものを書くものだとおっしゃっていたのですが、それで言うと朔太郎はまさしく詩人の中の詩人。

自分に見えるものが他人には見えない、理解されない詩人は悲しいでしょう。それがもしかしたら、朔太郎の「さびしい」なのかもしれません。

自分のさびしい魂を慰める、本当に朔太郎が詩人になったのは必然かも。

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