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と、詩を教わっている方から飲み会でビシッと指差して言われたことがある。

たしかに、私は詩の勉強をしているわりには詩の読書量(という表現であっているのか?)が圧倒的に足りていないと思う。

詩の合評会が、コロナ禍に入ってからはオンライン上で毎月あり、私は3つに参加させてもらっていて、出来るだけ毎回参加するよう心がけている。

そこで、現代の詩人の方々の心躍る作品をたくさん拝読することができるので、それで読むことに満足感を覚えているのだ。

詩の先生はまずは3つの太郎をおさえなさい、と言っていた。記憶が正しければ、谷川俊太郎、萩原朔太郎、高村光太郎だったと思う。

つまり、現代詩だけではなく、近代詩にもっと触れる必要があるということだ。近代詩は岩波の中也詩集と智恵子抄しか読んだことがない。

朔太郎詩集は購入し積み、谷川俊太郎詩集は、今読んでる途中。しかし、私は隙間時間に詩を読むということがなぜかできないのでまとまった時間が必要でなかなか進まない。

(音楽も聴けない。小説はむしろ音楽聴きながら隙間時間にちびちび読み進める方が好きだったりする)

詩を読むということは、個人的にすごく集中力を使うのだ。だからといって数をこなせないいいわけにはならないが(そんなことしたらそれこそ罪だと思う)体調のいい時は30分位詩を読む時間を決めてしまってもっと読まなきゃなあ、と思っている。

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