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原作を読んだ上で観ているので、相違点などに触れています。かなり主観的な意見を言っています。

ネタバレしていますのでご注意ください。

というか、ストーリー知ってること前提で書いていくので、全く予備知識ない方にはかなり不親切な記事です。

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映画見る前に、友人から予告見るに感動大作っぽいといわれ、マジか?と思って見て、うわ、マジだ、と。

私、原作は感動作とは思っていないんですね。原作者が今村夏子さんということで、以前読んだ『むらさきのスカートの女』のイメージを引っ張っていた。

むらさきのスカートの女は、めちゃくちゃ平たく言えば、やばい奴をストーキングしてる語り手自体がさらにやばい奴だった、みたいな感じ。

星の子も、語り手である主人公はなんか呑気で、小さい頃から怪しい宗教の信者だけど、自分が変わってるという自覚は薄いように見えた。それゆえ周りにも変にガード作らないのだと。

その気持ち悪さが好きというか、特にラストの親子で同じ星が見られないっていうシーンが不穏の極みで、うわぁ気持ち悪い(二度目)と。

しかし、映画の主人公は自分や親が信者であることに苦悩しますし、なべちゃんから騙されてるの?だか信じてるの?だか忘れちゃったけど、聞かれてはっきり「わかんない」と泣きます。

また、最後の方で宗教施設で昇子さんに「あなたは自分の意思でここにいるんじゃない」みたいなことを言われますね。これ多分原作になかった。

これは神の導き、運命、みたいな感じの発言でしょうが、観客としてはたから見ていると、主人公は自分の意思で宗教から離れていくのだろうな、という意味としても取れる。というかそちらの方が制作者の意図として大きいと思う。

何より映画は、主人公が芦田愛菜という美少女がやってるってことがでかい。そりゃあれだけ可愛ければ友達も普通にできるし、孤立しないわな。納得。

(あとひろゆきくんのセクハラシーンなかったですね。芦田愛菜アウトだったのね)

原作の主人公は呑気だから本人の知らないところでクラスメイトから一線引かれているのではないかと推測しながら読んだ。まあ、南先生を描いているわけじゃないとフォローしてくれる子もいたから、全てが妄想上のフレンドではないとは思いつつも……なんかうまく言えない。

うまく言えないのが今村夏子ワールドの魅力だと思うけど、映画はこれはこれで……。良作だと思う。音楽もいい。特に家族の絆がテーマの映画が好きな人は気にいると思う。

しかし、南先生のクソさは増してたな。原作ではテニス部の子に手を出した「誤解を解いたのに」と言っていたけど、映画では言ってなかったから、ほんとに手ェ出したんだろうな。

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